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2020年07月09日 [Default]

NO962・・・神は光

 教会の高い窓には、多彩な色のステンドガラスの明かりとり窓が施されている。多彩と言っても恐らく七色と思うのであるが、確かめていないので確定はできないのであるが、恐らくそうであろう。その多彩な色で絵が描かれ、その絵の隙間から入り込む光に神を思った。

 そして教会で行う儀式には聖杯に入った水で行われる。入信の儀式では絶対聖水が用いられ、また祭司を目指す入門式には、室内の小型プール状で身を清める事から始められる。日本の古来から伝わる神道系の身を清める儀式にも頭から水を被る。

 この光と水に神を見たのであろう。東洋思想では、鉱物から水が生まれると言う。何かおかしく感じるのであるが、水晶の中には、水を蓄えている物もある。この関連は一体何かを考えた場合、共通することは、隕石であります。空から降り注ぐ光を帯びた光景を見て空から神が降りて来たと思っても不思議ではない。

 その隕石には、水が含まれていても不思議ではない。その証拠に巨大な一つの都市も破壊する隕石が落ちた光景は水蒸気として舞い上がったと表現されている文献も見当たるのであります。そして隕石は当然海にも降り注いだ。その海から取れる塩もまた神として魔除けとして崇められており、生命誕生は海からであります。

 そして、赤ちゃんが育つ羊水は塩辛くない塩で構成された塩水(羊水)の中で生命が宿る準備を行う。生命の誕生とは、魂が入った時であるから、それまでは、単なる肉体に過ぎないと言う事になり、魂はある程度肉体が受け入れの準備が出来た後に行われるので、魂は両親から生まれたものではなく運ばれたものともいえる。

 その魂を入れるのは、自然のエネルギーの集合体である意識を持ったエネルギーであるゆえに、神からの授かりものと言う言葉が生まれた。その魂を選ぶのは神であって両親ではなく、肉体は魂を育てる役目であって本質ではない事になる。

 肉体が滅びれば、魂は抜けて魂の休息場所に戻り、次のお役目を待つことが神の教えでありますから、神の乗り物であり、ゆりかごである肉体をいじめると言う事は魂をいじめると言う事になるので、肉体も自分のものではなく、神からの借り物であると言う事になる。ゆえに立派な魂(神を思う・宇宙意識を思う)に育つまでは、肉体は見守る必要があるので、大事に使わなければならない。

続きは・・・癒しの森湯布院ブログ


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