六十の坂|気功療法なら大分県宇佐市の仙人の健康相談室へお任せください難病で困っている人は、薬や医者に頼るのではなく、気持ちや心の在り方を考え直すきっかけが病気なのかも知れませんので、これを機会に人生を考えましょう。

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六十の坂
昭和の哲人と呼ばれた中村天風先生は、天風語録の中で、60歳になるまで健康について語ってはならないと書いておられた。人生には60歳という大きな壁があり、間違った人生を歩んだなら59歳までに人生が終わるそうで、自分がその壁を越されないで、人を指導する事は出来ないような事を書いていた様に記憶している。私を霊性修行の道に進ませたのも中村天風先生の書物からであったので、常に肝に銘じて今のように霊障の事については語らない様にしていたのですが、60歳を過ぎると霊の存在の事などが避けては通れない様になるのは不思議であります。この天風先生の時代は合気道の創始者であります、植芝盛平先生や宗教家の出口 王仁三郎先生等とは繋がっており、出口 王仁三郎先生のボディーガードをしていたのが植芝盛平先生であり、天風先生とも懇意されていたのであります。

天風

私が霊性修行に目覚めた時には、すでに全員他界されおり、仕方なくその流れの中におられた、唯一の合氣道10段の藤平光一先生の門下生になったのであります。当然10段は植芝盛平先生に授与されたものであります。その後ある修行中に天風先生を最後まで看取った姪御さんの中村有美さんと知り合い、天風先生の生き様や修行法などを教えて頂き、エネルギーも頂いたのです。真冬の氷が張った池に入って般若心経を10回唱える行があったのですが、有美先生は素晴らしかったです。

ぅ〜と池に入り物静かにお経を唱え、震えもせず、すぅ〜と池から出る姿を見て、天風先生の偉大さを感じられるにはいられませんでした。後年毎日マッサージをさせられたそうで、少しでも強くすると怒られ、弱いと怒られる日々を送ったそうで、私が経験した中では最高のヒーラーでした。今でも、有美先生にして頂いた時の感触を思い出し、少しでも近づけるように修練しているところであります。ご健在でしょうか?60歳を超えるまでは、真の健康法は途中経過の段階でありますから、人に吹聴するべからずと卑しめているのであります。合気道もそうですが、本当に力が抜けるのは歳をとってからでありましょう。いくら力ではなく、気の力を使うのだと言われても、潜在意識に刻まれた誤った情報である「力がすべての根源である」を捨て去る事は出来ません。
分かっていても、いざ敵から襲われたら気ではなく、力に頼ります。肩こりのひどい人が来たら気ではなく、力で立ち向かいます。これをやっていたら何時まで経っても気の力は強くなりません。有美さんのマッサージがそうであったから確信を持って言えるのです。このように、私たちは潜在意識に刻まれた情報において、物事を見たり、咄嗟に判断したりします。その潜在意識は子供頃から積み上げられ大人になった時には、誤った情報で一杯であります。それを元に情報を判断しますから、コカ・コーラが美味いよと情報が脳に入ると、コンビニに飛んで行くのです。

本

情報もそうですが、悪魔の情報と正しい情報の攪乱が起こているのも50:50の法則で成り立っており、悪の情報を信じる人は、悪の情報を広める手先になりますが、自然になって行くので本人は正しい事を広めていると思い込んで行きます。でありますから、人間の情報は無視して神から送られる情報を信じなさいと言うのであります。ブッダの世界では「人を見るな。神を見よ」なのです。ですから60歳になるまでは、真理の言葉を聞く器官が未熟ゆえに人に語るなと言われているのです。無邪気でなければ真理は理解できません。無邪気なのは3歳までですから。3歳の子にフーチ(ダウンジング)やOリングをさせれば当てるでしょうね。もしかしたら波動の測定機も使いこなせるかも知れません。つまり神と繋がる意識は潜在意識から無駄な医学知識や栄養学や薬理学や常識を取り除いた、深層心理の世界にあると言う事であり、それを神と云うなら神が書いた経典を信じるべきと思うところです。東京の友人が好きな  真実を暴く  良ければ覗いて下さい。私にはわかるようでわからないレベルです。

哲人

修行が苦しくとも
   たとえ人生が苦しくとも
         乗り越えられるさ。

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